かもめ日記 in ロンドン -プロローグ-

 やっと帰ってきたと思ったら足がパンパンに腫れて歩けなくなった。だから自転車のってたら痔になった。おつりがでかいよ、もう!
 ま、そんなこんなで横浜の経緯から今回のLONDONツアーをぼちぼちまとめようと思う。

 もともと俺らは横浜で10年DJやってきたんだけど、沖縄でHOUSE、DISCO に興味をもってDJ始めた俺にとってはそんなことすら知らないまま横浜に帰ってきた。横浜で名が通ってる箱に手当たり次第DJMIXを渡すがHOUSEというだけで聞いてもくれない。運よくGIGが入っても10時から11時、ノルマ20人。なんだこれ?現実は厳しかった。沖縄から帰ってきたばっかでDJ仲間もいない。

 そんなこんなで悩んでる時、スナックやってた親父が働けなくなり、権利をゆずり受けた。そう、どこにも俺がDJできる場所がなきゃ作ればいい!それがSound Community DUBだ!



 時間はかかったけど俺の音楽に共感してくれる仲間が除々に集まってきてくれた。そんな気のおける仲間と10年、横浜を俺たちがDJであり続けられる場所にするべく奮闘して、パーティー に必要なファクターを一つ一つ自分たちの手で作ってきた。その一つがKAMOME SOUND SYSTEM。

  さらに、横浜のことしか頭になかった俺たちの前に妖怪みたいな人が現れた。それがTAKASHI KOBAYASHI。彼が言うことなすこと、経験してきたことすべてが俺にとっては新鮮で衝撃だった。このひととの関わりで俺は急速にヨーロッパのクラブシーンに興味を持ち始める。そしてそれを横浜にフィードバックさせたいと思うようになる。

 そして一昨年の3月、JamesPriestley(Secretsundaze)@DUB、9月「YOKOHAMA ARTDRIVE」PeteZ@BANK art、9月Johnny Hiller(Lasemagnetic)@DUB。

 これら一連の期間だけでも、ヨーロッパのクラブシーンの息吹を感じるには十分な内容であったと思う。そこでプレイしJamesPriestley(Secretsundaze),PeteZ(BIOCK16/URBANMYTH), Johnny Hiller(Lasemagnetic)というDJにあったことが俺にイギリス行きを決意させた。


  そして今年9月俺はロンドンで彼らとブースを共にすることになる。

written by HI-DEO


2007.9.20

 いよいよロンドンに向けて出発の日。急きょUreiのMIXERもっていきたくなってリュックに詰める。普段CDであんまりやらないからおのずとレコードは増える。荷物の規制うんぬん全然知らないから200枚近くケースに積んだ。キャリアがない。そういえば最近俺KAMOME SOUND SYSTEMでしかやってないからレコード引っ張ってない。普段スピーカーと一緒にトラックに積んでたからね。

 四時間前に相棒のKOUTAがキャリア届けに来てくれた。ついでに石丸電気にえーちゃん(かの矢沢永吉)の70’sベストを買ってバックにしのばせる。横浜から成田に!これまた普段電車あんまりのらないから電車を乗り間違える。あせったぜ。1時間遅れで成田に到着。ぎりぎり間に合った。

  ここで崇君と合流。安売りチケットだから香港経由。香港まで4時間30分。香港からロンドンへ、12時間30分。長すぎる。このせいで痔ができたのかな?時差の関係で翌21日到着。初ヨーロッパにして初ロンドン!別に感動はなかった。全く前知識も何にもないからこういうとこなんだってぐらい。DJのことしか頭になかったからね。それがのちのち重くのしかかる。


2007.9.21

 電車とタクシーでBrick LaneのJohnnyのおうちへ。今回はJohnnyの家に滞在させてもらった。前の日Johnnyと相方のNeil は仕事(DJ)で朝帰り。寝ないで待っててくれた。そこで初めてNeilに会う。気さくで親切なお兄さん。こいつのクレイジーさは後々わかるが最高な奴と同時にプロモーションの鬼であるらしい。四人でイタリア料理屋に。ランチが5ポンド。よくよく考えると日本円に直すと1300円。向こうの感覚で言うと1ポンド120円ぐらいの感覚らしいのだが、日本円を換算すると1ポンド240円。ここら辺から物価の違いを意識し始める。うまかったけどね。

  そして寝ないで一発目PeteZのパーティー 「URBAN MYTH」へ。BRIXTONにあるHivebarという、一回はレストランで二階がbarスペースになってるちょっと小奇麗な箱で二年ぶりにPeteに再開。BRIXTONはジャマイカ移民やアフリカ系の人達が集まってる場所らしく、Hivebarの隣のカルチャーセンターではJHA SHAKAがイベントをやってるようなところ。相変わらずPeteは最高な人だ。このPARTYが俺に出来る精一杯のリスペクトだって言ってくれたように、最高なPARTY PEPOLEが集まったPARTYだ。当日はPeteの交友関係の広さを感じさせるに十分なメンツが遊びに来てくれた。

 bassmentJaxxにBlack Devil, House meat discoのレジデントJamesにそのプロモータ、CISCOレコードを始めたAlex、house breakerのネイサン、みんな「カモネ、カモネ」って叫んでた。カモメって日本語だもんね、発音しづらいらしい。お客さんも乗りが良い。PeteのPARTYらしく生音に良く反応があったかな。

  最高の時間が流れる中、店の閉店とともにバウンサーの景気のいい怒鳴り声が!「君たちが優秀なDJだということは良く理解しているが、俺にも明日の生活がある。早く帰って寝たいんだ!」っていうなまりの入った英語ではやし立てる。

 初めての俺にはびっくりしたがここはいつもそうらしい。バウンサーの怒号に追い立てられるように笑顔でPeteの家に帰ってきた。そこではPeteの仲間たちが俺たちを歓迎してくれた。うれしかった。けど眠い。朝方タクシーを拾ってJohnnyの部屋に帰宅。長い二日間が終わってやっと眠りにつく。

 さすがに眠かった。踊りながら寝たのは初めての経験だった。













2007.9.22

 昼ごろ目が覚める。屋根裏部屋みたいな部屋を一室貸してもらい快適に過ごせた。崇君申し訳ない。ここはもともと崇君の部屋だったらしいが今回は俺が使わせてもらった。崇君はリビングのソファー。気を使っていただきJohnny,崇君に改めて感謝だ。崇君はポンドが予想以上に高いのを見越して日本から米を持って来てくれてた。早速朝から鍋で米を炊き、味噌汁とお茶漬けで朝飯。日本人はやっぱ米ですね。パワーがでます。それからロンドン滞在中は毎日米を炊きつづけ、鍋で米を炊くのがうまくなりました。この日はBrick Laneの町をぶらぶら。レコ屋行ったりスーパーいったり。自炊しないともたないからね。Brick Lane はもともとブリュワリー(ワイン工場)」の跡地だったらしく、その工場内を利用して町が形成されている。ロンドンでは今一番面白いことが起こってる場所らしい。

 見たところ活気づいている印象。芸術家達が町の至るとこでなんかしらやってたり、空き店舗に自分のデザインしたものおいてあったり。また、至るとこに飲み屋があってみんなのんだくれていたり、DJしてたいり、週末になると町中お祭りみたいに一晩中活気に溢れてる。ふと気づいたことだが、横浜が古い建築物を使ってアートに力を入れてるようだが、この町を手本にしたいのだろうかと感じた。ただロンドンのそこには音楽がありDJがいる。週末のBrickLaneは音楽に溢れてる。横浜でももっと俺達のやってるようなPARTYを増やしていこう。音のある場所から、何かが生まれるんだぜ!

 この日の夜、JohnnyがJamesPriestleyの「Go!Zilla」で早い時間頼まれてるから俺もレコード持って来いと。願っても無い機会だ!それをするために重い思いをして地球の裏までレコード運んできたんだからね。早い時間でそんな時間人前で回せなかったけど,Cargoって箱は良いね。ターボサウンドシステムが入ってって、エンジニアの人もちゃんとコミュニケーションとろうとしてくる。キャパは500ぐらいかな。高架橋の下の倉庫みたいなとこ改装して作ったみたい。煉瓦造りの高架橋の倉庫がまたいい雰囲気だしてたね。

 この日はKONPACTのライブが入ってたが、明日朝一アムスに飛ぶ予定だったので早めにJamesに別れを告げタクシーで帰宅。あとからきいたら俺が帰った後、客がなだれ込んできて500パンパンだったらしい。今度はそんななかDJやりたいな。
















2007.9.23

 朝一飛行機でおとぎの国へ。日本を離れてロンドンで活動する日々から、さらに離れて中休み的な旅行になった。詳しくは写真んをごらんあれ。綺麗な国でした。





























2007.9.27

 4泊5日の日程を終え、アムステルダムよりロンドンへ戻る。(今から振り返ると、2泊3日くらいでもよかったのかもしれない!自炊ができなかったこともあり、結構アムスでの出費がかなり痛かった・・・)

  ロンドンに帰って来てからはお米と味噌汁。これでお経唱えてたら修行僧だ。それよりひどいかな。一汁一菜の野菜すらないんだから。でも体は締まったね。酒も煙草も出来ないから健康的な日々を送れるようになりました。


2007.9.28

 朝目がさめ、毎日の日課になっている米焚き。Johnny達は毎日米じゃ飽きるだろというが、俺は日本人だから飽きるとかそういう問題じゃない。体が要求するんだ。

 朝食を食べたら町に繰り出しプロモーション活動。レコード屋をまわって、バス停や地下鉄の入口いたるところにポスターを張っていく(本当は日本同様いけないんだって。みつかったら罰金なんだとか。だから以前は夜中の仕事だったそうだがGIGで忙しくなってきたから、大胆にも昼に実行しちゃうんだって)。

 その後レコード屋で落ち合ったPeteZとトビー・トバイアスと一緒に中華街で昼食。食べ終わったらまたプロモーション。世界のどこでもやることは一緒だね。この日は一日中ロンドン市内を歩きまくった。

 夜はcaffee1001っていうBrick Laneのお店で、GEISHA BOYSのトモキくんがDJをやってるところにお邪魔しました。Johnny曰く、ロンドンで一番有名な日本人DJだそうだ。

  小奇麗な、気さくな関西弁の青年。この日はハウスクラッシック中心にCDでプレイしてた。スマートだね。大量のアナログ抱えてきた俺とは大違い・・・。

 でも、バウンサーの黒人が入場警備してる列を俺がレコ箱運んで待ってたら、箱を叩いて「俺はこれがなんだか知ってるぜ、お前はDJだな!通りな」って先いれてくれた。そうだよな、肩から下げた鞄にCD入れて歩いてたって誰もDJだなんてわかんないもんな。なんだか見た目でDJってわかってくれたのがうれしかった。大きな声で挨拶「Thank you. I'm DJ!」。

 この日、caffee1001の向かいのBIG HILL HOUSE でfaze action がDJやってた。Johnnyが隣行こうって言いうから、ちょっとcaffee1001抜け出してBIG HILL HOUSEへ。こっちも盛り上がってたな。その中心にはfaze actionの二人がブースに。

 「横浜からきたKAMOME SOUND SYSTEMだ」と挨拶。弟は日本に結構住んでたららしく日本語が堪能。まして、Johnnyとは仲の良い友達なんだって。レコ箱からレコード取り出して俺にくれた。彼らの新曲「DISCO WARRIAR」だ!この曲にはちょっとしたエピソードがあって、一時期faze action エレクトロニカみたいなアンビエント作り出したことがあるんだけど、Johnny達が「間違いなくDISCOが来る」って説得したらしい。それでJohnnyやNileが犬のようにDISCOを掘ってるもんだからDISCO BOGって言われてたのを聞いて、じゃあ俺はDISCO戦士だってつけた名前なんだって。

 内容はさすがfazeaction。90’sのアーティストなんて言わせないぜって感じだね。翌日の「Lasemagnetic」にも兄弟そろってきてくれた、とっても気の良い兄弟だ。Caffee1001では奥のクラブスペースでドラムンベースが流れてた。ロンドンでドラムンベース聞けてちょっとよかったかな。でもあんま盛り上がってはなかったな。早い時間だからかね。

 トモキ君から変わった俺は、ま、引き続きハウスクラッシックから、lrectoro,Disco,E.Yazawa。とびでたブースからの景色は楽しかった。外は人がパンパンだし、100人くらいが酒飲んで皆楽しそうに話してた。12時位にcaffee1001を出て、トモキくんが近くのbarで引き続きPARTYやるからって誘ってもらい移動。しかし場所が分からずとりあえずJohnnyのお家へ戻る。

 部屋でTimParisの奥さんや日本で会って仲良くなった日本人の留学生やら みんなで飲んでたら、Johnnyのルームメイト達も帰って来てホームPARTYみたいになって、結局トモキ君のとこには行けずじまい。

 トモキ君、挨拶もできずごめんね。


























2007.9.29

 今日は「Lasermagnetic」。Johnnyは昼起きてからずっとパソコンで最後のプロモーション。マイスペース、DJヒストリーにジャイルス・パターソンが運営してるクラブサイト。だいたいここら辺がロンドンで有力なWEB告知らしい。

 横浜にも地に根ざしたパブリックなパーティーインフォメーションサイトみたいのが出来るといいね。

  9時ぐらいにCOSMObarへ。一階はアンティークなラウンジで地下にダンスフロアーとbarスペース。始めお客さんのテンションを上げる狙いで、一階のみでスタート。だんだん客も待ち切れずに踊りだす。

 俺が回した時にはブースの前はダンスフロアーになってた。お客の反応も良いし、調子に乗ってブルーハーツのリンダリンダで超マッシュ!リンダリンダが終わると同時に地下にお客さんを誘う。 地下では待ち構えていたかのようにBlack CockのGerry Rooneyがプレイ。良い曲掛けるけど掛け方がオールドスクール過ぎるかなって俺がいうのもおこがましいか。Ureiのmixerに引っ張られたのかな?

 続いてPeteZ。この日のPeteはGerryに引っ張られたのかこれまたオールドスクール。良い曲なんだけどお客はもうお腹いっぱいって感じかな。

 そのあとは俺。お客がどんなのを求めてるか見当がついてたこともあり初めから上げた。お客さんは待ってましたとばかりに盛り上がる!けど30分ほど回してこれからって時に店員が来てあと30分って。えぇ〜ってみんながブーイング。でも気づいたら結構いい時間になっててフロアー以外に客はいなくなってた。

 ライトがつくも客に煽られ回し続けるが4回目の抗議により音を止めた。次の瞬間、フロアーから「マーべラス」の声と拍手が!恥ずかしかったがとっても感動した。最後まで居てくれて俺のplayを楽しんでくれた人達に感謝。

 どこの国だろうと、俺達がやってることは変わらない。PARTYを作る難しさを再認識するとともに、全部をオーガナイズしてくれたJohnnyの労力に、改めて感謝。






2007.9.30

 ロンドンでのDJもこれであとの予定はない。夜まで部屋でしばし休養。夜にJamesがやってる「Secretsundaze」とロンドン最大ゲイPARTY「House meat Disco」に行くために部屋を出た。

 二回だけバスに揺られてる間にPeteから連絡がはいり、合流出来ないと。ということで崇君と二人で「House meat Disco」へ。バスから会場のBarの様子が目に入ってきた。スゲーたくさん人がいるなという印象。目が悪くなってきちゃったから俺あんまりよく見えなかったんだね。

 バスを降り、いそいそと会場に向かった俺の目に飛び込んできたのは、上半身裸のマッチョが!そして会場の中は半裸のマッチョに囲まれて身動きすらとれない。この状況に貞操の危機を感じ、早々退散。俺はまだまだ青い・・・。おっかねーもんな、あんなの。もっと煌びやかなの想像してたから、ドラァグ・クイーンみたいな・・・。


2007.10.1

 朝方Neilがヘロヘロで帰って来て「Secretsundaze」は2500位集まって大盛況だったらしい。そのあとアフターPARTYを500人位限定でって。すごいPARTYだよ。「Secretsundaze」をここまでにしたJames達には学ぶことが一杯あるね。

 日曜に夜中にNailから電話が何回もあったんだけど誰もでない。みんなNeilがむちゃに遊んでるのを知ってるからだが。しかしあとから聞いたらDJしないかという誘いの電話だった。いや惜しいことをした。女の子ばっかりのこっちに行くべきだった。あぁ、今回のツアー唯一の後悔だね。でもこの頃から少し足もおかしくなってきてたし、次回の楽しみにとっておこう。


2007.10.2

 いよいよ帰国、JohnnyとNeilに送られタクシーに乗り込み空港へ。

 ロンドンの街並みをタクシーの窓から眺めながら楽しかったツアーを思い出していると、道が大渋滞!まさかと思い飛行機のチケットに目を・・・間に合わない!空港到着と同時にダッシュでカウンターへ。

  残念!

 飛行機を乗り過ごし、お金も残っていない。一か月くらい寿司barでDJしなくちゃ帰れないと思いきや、チケットは翌日の便に変更してもらうことができた。 
 最後の最後までバタバタだったけど、何にも調べていかない俺がいけないかな。でも今回のツアーでいろんな人に出会って、いろんな人にDJを楽しんでもらえてとっても有意義だった。

  DJとして生きて行くってことが今まで以上に楽しみになってきたことだけは確かだ!



written by HI-DEO
All Photos by TOURA